書籍・雑誌

2015年7月10日 (金)

最近買った本・読んだ本

いよいよ第6回西日本医学英語勉強会も近づいてきました!
(お申し込みはこちらから→ Peatix「第6回西日本医学英語勉強会」申し込み用サイト)


そして10月3日に開催予定の「プロジェクト京都2015」の準備もしているので、本を読んだり勉強する時間がなかなか取れません。隙間時間を見つけて、ボチボチと・・・(@@;)


今日は、最近買った本・読んだ本をご紹介します。


まず、「できるポケットEvernote基本&活用ワザ完全ガイド」。 最近、別の勉強会でEvernoteについて発表された方はいらっしゃり、はたと気づいたのでした。
そういえば、最近活用していないなと。

2年前に「時間管理」関連の発表をさせていただいた時には多少Evernoteにも言及していたというのに、身内の不幸をきっかけにすっかりと生活環境が変わってしまい、時間も仕事も新たに体系化していませんでした(反省!)。まずは、さっそく仕事関連での活用方法を見直していますよ!



そして詩人茨木のり子さんの「おんなのことば」。読んだのは数回目です。

自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ

だんだんと見えない壁に押しつぶされそうになり、不運や人のせいにしそうになったとき、自らの身を正して凛とした生き方をしたいものだと気づかせてくれます。





また、手塚治虫先生の大人向けの漫画を続けて読んでいます。「奇子」。数奇な運命に翻弄された奇子と戦後社会の暗部、そして地方の閉鎖性。作家の小池真理子さんが、この作品を小説として発表していたら「泉鏡花賞」あたりを受賞していたに違いないと言われたとか。

読後感はずっしりと重いです。今の社会にも、そして周囲の人間模様にも通じる強烈なメッセージ性を感じました。





おなじみ「病気がみえる」シリーズの「循環器」編。基本的な内容が分かりやすくまとめられています。絵も多いので、手元に置いておいて随時不明点を確認するのにいいですね。





Newton 8月号
。特集は「毒とくすり、くすりの基礎、新薬開発の最前線」です。「アスピリンが痛みを止めるしくみ」「身近な病気の原因と薬が効くメカニズム」から「次世代創薬」「現在、全世界で開発中の新薬」まで分かりやすく書かれています。




そして同じくNewtonの「時間論」。kindle版です。まだ読めていません。
アインシュタインの「相対性理論」によると、時間は「伸び縮み」するそうです。
「自分にとっての10年が別の誰かにとっては1年にしかならない」という理論、興味津々です。




最近「認知行動療法」に関連した翻訳の機会がありました。あまり楽しいお仕事ではありませんでしたが(笑)、これはうつ病でなくても自己改善に使えるのではないかと思って買ってみました。

(注意:この療法はすべてのうつ病に有効な治療ではないので、患者さんは自己判断をせず、病院で個人にあった適切な治療の指示を受ける必要があります。)


自分の考え方(自動思考)が自分の感情や行動にどのように影響しているのか。


自動思考と現実とのずれに注目すると、精神的な開放だけでなく、私的時間や仕事時間の使い方・管理、効率的な睡眠の取り方、ひいては仕事の効率化等につながるかもしれません。

マイナス思考と上手につきあう 認知療法トレーニング・ブック」。

自分の「考え方の癖」って何でしょうね。




最後に「薬事法令ハンドブック承認許可基準」。
医薬品医療機器等法に関して発せられた承認許可関係の省令をまとめたハンドブック。

安価だし、紙媒体で手元に置いておこうと思って買いました。



Cilcwfgwgaav6h6  ああ、蒸し暑い... 助けて。。。(出典:Twitter)



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2014年10月13日 (月)

最近買った本・読んだ本

読書の秋です


本を読む時間は後回しになりがちなので、最近は朝食後に少しずつ読み進めるようにしています。

一番のヒット作はこちら!


私は咳をこう診てきた」(亀井三博 著)




病理医ヤンデル先生
がTwitterで初期研修医にお勧めしていた何冊かの一冊です。
私はもちろん研修医ではないのですが(笑)、日経メディカルの「カンファで学ぶ臨床推論」のように、提示された症例について、病歴・身体所見等から鑑別診断を絞り込んでいくアルゴリズムにとても興味があります。


」という主訴を通しての診断推論には、もちろん患者さんの病歴等の背景が必要となってきます。ただ、「医師は「病歴」を鵜呑みにできない」、とあります。患者に分かりやすいように馴染みのある病名を告げていることがあるので、「気管支が弱くて気管支炎だ」の説明は「気管支喘息であった」、という場合もあるそうです。

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患者側は症状や既往歴、基礎疾患、家族環境等をできるだけ正確に医師に告げる姿勢が大事ですが、医師側にも十分な説明が求められます。医師の指導・説明が不十分であった例として、
ステロイド吸入の服薬指導をきちんとされていなかった患者が、吸入剤を口の上でトントンと動かして「粉薬を飲むように服用していた」例が書かれていました。

咳の定義」「咳診断を巡るロジック」他、亀井先生の症例別の取り組みも素晴らしいのですが、患者側の立場として、病院でどのように医師と向き合えばいいのか、一方、医師はどんな風に診断を下し、治療法を決定し、また場合に応じて修正を加えていっているのか、知っておきたい参考情報がいっぱいです。

ちなみに、私は喘息患者ではない(はず)と思っていましたが、エアコンの冷気、タバコの煙、電車の中等の密室や人混みがきっかけとなって咳が出ることがよくあります。これは間違いなく「気道過敏症」のようですね(..;)。気をつけないと。。

また、ピークフローメーターという、「フーッ」と目一杯に吐き出した息の速度(最大呼気流量)を計測する器具は市販されているのですね。数値を毎日測定して、「自分の気道の状態」を客観的に把握することにより、喘息の日常管理指針とすることができるようです。



私も、臨床推論できるレベルまで医学を理解することが夢です。とりあえず、翻訳者として、こういう本を読んだときには「咳」に関する日英の情報を「メルクマニュアル」等で確認しています!



翻訳ほど残酷な仕事はない<第1部 天の利>」(辻谷真一郎 著)


第2回西日本医学英語勉強会」に登壇される辻谷真一郎先生の著書です。前書きが水野麻子さんで、翻訳とは別の動機で約20年前に医薬の勉強会に同席されていた、という事実は驚きでした!

この第1部は、多言語習得のため欧州各国に滞在されたときのお話なので、「翻訳」に直接関係していません。「英語の顔など見たくもない」という章で終わっています。第2部へとどうつながっていくのでしょう


朝2時起きで、なんでもできる!」(枝廣淳子 著)


「朝2時に起きて何でもできる」なんて、思っていません。早寝早起きの翻訳者はいっぱいいますから(笑)。「帰宅・夕食準備」が30分なんて、非現実的すぎます。

ただ、深夜・早朝は寝落ちさえしなければ、静寂な空間の中で作業が進むのは間違いないです。

著者は東京大学修士課程修了の学力があること、協力してくれる母親がいること、配偶者の留学によって海外生活の機会を得たこと等、スタート地点でかなりの恵まれた環境にあったと言えます。

とはいえ、通訳・翻訳、同時通訳、出版翻訳、環境ジャーナリスト等、多方面に活躍の場を広げていったその手腕は、同様に目指す方には興味の持てる一冊かもしれません。

私は、もっと草の根レベルの活動に引かれます(*^m^)。なので、自分とは生き方が違うかな~(レベルが違うとも言う)という読後感です・・・。



ニュートン400号記念大特集」(ニュートンプレス)

 人体大図鑑 ヒトのからだのしくみがわかる!病気がわかる!

解剖学の基礎固めとなる一冊です。ビジュアルが充実していて、専門書よりも、文章が面白い!


Brvyqxacmaecdugあー、疲れた!!痛いのは、首・肩・腰!マッサージお願い(=^x^=)


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2014年9月 3日 (水)

最近買った本・読んだ本

急に秋の気配が漂い始め、何だかもの悲しい気もする今日この頃。

Bua1la0ccaa3fsf ぼっーとしておきたい気分だにゃ


ブクログ本棚を整理していないので、備忘録を兼ねて最近買った本・読んだ本をご紹介しておきます。

調べる技術・書く技術」 野村 進(講談社現代新書)

ノンフィクションラーター野村進さんが「テーマの選び方、資料収集法、取材の実際から原稿完成まで丁寧に教える、プロの「知的生産術」。翻訳とはもちろん手法が違いますが、どのような準備、調査、過程を経て最終原稿を仕上げるのかを知ることができます!この仕事に携わる喜びには大いに共感!!






理工系学生が会社に入る前に読む英語の本」 徳田皇毅 (日本能率協会マネジメントセンター)

所属する会が、この本の著者によるセミナーを開催予定なので購入。タイトルどおり「理工系学生」向けなので現役翻訳者には物足りないかも。英文ドキュメントを書く一番の上達法は、「inputとoutputのどちらかに偏らず、両方の力を同時に高めていくこと」には納得しました。結局、スケジュールの都合でセミナーには参加できません(;д;)。





日本語表記ルールブック」(日本エディタースクール」

非常に薄い(笑)!なので、いつも手元に置いておくことができます。「現代仮名遣いの注意点」「送り仮名の付け方」「外来語の表記」等の項目がありますが、「Wordを用いた表記の点検・整理」を読んでいて「校正支援機能」の設定を見直しました。「表記の揺れ」で、チェックを入れている表記揺れ項目を変更しました





学会・論文発表のための統計学 統計パッケージを誤用しないために」 浜田知久馬 著(真興交易(株)医書出版部)

先日受講した「医学論文を理解するために必要な生物統計学の基礎知識」セミナーの予習用として購入しました。ただし、半分しか読めていません(恥)・・・。先生が事前に推薦してくださっていた教科書の一冊です。医薬研究、生物実験、論文・学会発表それぞれの場合の統計学の役割や、データの要約、統計学的検定、オッズ比、ハザード比、回帰分析等、確かに講座内容に役立つ構成となっています。以前読んだ統計本より分かりやすい気がします。






一流誌にアクセプトされる医学論文執筆のポイント
林 健一(ライフサイエンス出版)

同じく、セミナー受講の予習用として購入しました。「医学論文の書き方:一流紙に投稿する際の留意点 統一規定とCONSORT」「分かりやすい文章の書き方」を担当された林先生が、雑誌「薬理と治療」に連載された論文を基にして加筆した上で完成した本だそうです。「ランダム化比較試験に特有の留意点」にも触れられており、講義内容と重なる内容なので復習用としても読めば、さらに理解度が増すはず(←自分)!






通訳翻訳ジャーナル 2014年10月号」(イカロス出版)

おなじみの本。個人的に興味深かったのは、「翻訳業界&個人翻訳者の現状を知る」と「翻訳者のこだわり作業環境」の記事です!後者はIJET-25で森口理恵先生のセッションに参加していましたが、メモしきれていなかった部分もあったので助かりました。製品の型番も分かったので、今後の作業環境改善時の参考となりました。




10534131_664240310329621_1617667808何だか仕事onlyのような本ばかりで、色気がない!秋は小説も読めるように時間を作らなきゃにゃ~(=^x^=)


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2014年4月20日 (日)

友がみな我よりえらく見える日は

友がみな我よりえらく見える日は





この本は、なぜが医薬専門書のコーナーに積まれていました。それに文庫本!

石川啄木の「友がみな我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て妻としたしむ」の短歌を思い出すタイトルなのですが、久しく文庫本を読んでいなかったので、迷わず買いました。


結果、啄木とも、医学とも直接関係ありませんでした(^-^;。 もしかしたら、書店側がメンタル・ヘルスと関連づけていたのかもしれません。

本の中には、泥酔して転落し、両眼の光を失った男性、容姿にコンプレックスがあり、46歳まで男性と交際したことのない女性、ホームレス同然の芥川賞作家、ネガ編集者として30年も、仕事がほとんどなくなった職人気質の女性、秋になると鬱病に襲われる若い男性等、世間から疎外され、心に傷を負った人達が登場します。そして、そんな人達がどうやって自分を支え、自尊心を取り戻したについて、取材に基づいて書かれています。

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                困った~~。・゚・(ノД`)・゚・。


この本を読んだ後、気分が爽快になることはありませんでした。が、劣等感や絶望感に陥った人達が、「それでも生きていく」ために自分を支えていく生活を垣間見ることができました。

また、人が
深く傷ついた時に絶望の淵から心の平衡を取り戻すのは随分と多様であり、また静かな営みであるという印象を受けました。個人の自尊心というものは、必ずしも他者の共感を呼ぶものではありません。現実をあるがままに受け入れて、「心に折り合いをつける」までの過程は、その人にとって固有のものであり、また精一杯の努力でもあるのです。

つい先日、夕食時にNHKで「"折れない"心の育て方~「レジリエンス」を知っていますか~」という番組が放送されていました。ここでのレジリエンスとは、「心の折れにくさ」であり、「逆境力」「回復力」だそうです。

ホロコーストを生き延びた人々の研究から、ストレス社会の中で必要な「レジリエンス」を学ぶというのは、前述の本と違って、ある種の暴力性を感じました。

「一喜一憂」を「エネルギーの消耗」とし、「自己効力感」「楽観性」「感情のコントロール」「自尊感情」を基本とするレジリエンスを学校や企業でトレーニング導入するのは、どんな過酷な状況でも忍耐を強要する結果にならないでしょうか。少なくとも、「鬱病予防」になるとは思えません。

心が折れる時には、固有の理由があります。

友がみな我よりえらく見える日は」の解説で、村上龍氏は次のように言っています。「だから「普通」というカテゴリーの中で、「みんなと同じように」生きていける人は誰もいない。一人一人がそれぞれ違った方法で現実と向かい合わなければいけない。一人一人が、その人の属性、資源を利用して生きていかなければならない。


絶望感の原因を特定し、是正することも大事です。まずは、何よりも、自分なりの折り合いのつけ方で一生懸命に生きている人達にもっと優しい視線を向けたいものです。


そして、私の場合、少しでも心が折れないように食生活改善中!

自分のために作るのは・・・・だったのですが、体力・耐力をつけるためにお野菜の数も増やしてお料理しています!そして、1杯(あ、時には2杯(@@;))のワインで血流も改善中

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やっぱり、色気より食い気です(。≖ˇ∀ˇ≖。)


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2013年9月11日 (水)

失礼な敬語

日本語は難しい、と最近とみに思います。

私の仕事は8~9割が英訳で、和訳をする機会が少ない関係もあるかもしれません。

でも、小難しい日本語を書く時ばかりではなく、例えばこのブログとか、友人へのメールとか、そういう日常的な文章を書くときにも戸惑うことがあります。

そして、気づいてみると、英文を書くときと同じように検索やコ-パスを利用して「コロケーション」を調べている自分がいます!⇒(私って、何人なの???)

そう、日本人だからって、正しい日本語が使えているわけではないのですねぇ

そこで、多くの積読本の中から今読み進めているのが、野口恵子さんの「失礼な敬語 誤用例から学ぶ、正しい使い方」です。


実は、この本も、7月末に「新薬開発と医薬翻訳」のセミナーに出席したとき講師の方から教えていただきました。医薬とは直接関係ありませんが、語感を養ったり、正しい日本語を身につけるのにとても良い一冊だと思います。

 

目から鱗」の気づきがいっぱい!


例えば、メールなどでもよく使う「よろしくお願いします」。

大変便利な挨拶の言葉なのですが、場合によっては、強引な物言いになったり、「反論は受け付けない」という意思表示になるということ。


また、午後の早い時間で、疲れを感じていないときに「お疲れさま」と言われると、どっと疲れを感じることがあるということ。これは、言葉の意味を考慮していない例だそうです。

ご苦労さまです」と「お疲れさまです」の使い分けは意識していましたが、「善意の暴力のようなものを感じる」と著者に言われては、「私、大丈夫だったっけ?」と心配になってきます。



確かに、同じような例として、
必死にがんばっている人には「がんばって」という言葉だけは使わないように気をつけてきました。これ以上がんばれない程がんばっている人に、「がんばって」とはとても言えません。その代わり、向こうから何かを語りかけてきたときには、愚痴でも相談でも話し相手になりたいと思っています。

そんな友人から「一番ほっとする」と言われたことがあります。他の友人からのあまりにダイレクトな励ましは、ありがたく感じながらも時として心の負担になっていたそうです。

でも、最近その言葉を使ってしまいました。最大の危機にある彼女には「がんばってもらうしかない」状況なのです!「がんばって」と書いたときの自分は、最高につらくて自己嫌悪にも陥ってしまいました。


言葉の意味を考えたら、用法に気をつけないといけないフレーズが多くありそうですね。


また、「させていただく」を用いる際には、「人が何かをすることに許可を出す誰かと、することを許してもらう誰か(たいていは、私)がいなければならない」ので、

「会社をやめさせていただきます」

という例などは、決定事項を一方的に通告している点で、謙遜表現を用いながらも相手を不愉快にさせているということになります。

させていただく」のもうひとつの不適切な例として、

若い女性タレントがファンへのメッセージとして、ブログなどに

私、このたび、入籍させていただくことになりました。驚かせてしまってごめんなさい」が挙げられています。

Wedding
「ファンからの許可も依頼も恩恵も受けていない」ので、「させていただく」は使えないのです。「結婚することになりました」とか「入籍することになりました」でよく、「いたす」を用いて、「結婚いたします」「入籍いたします」と書いてもよいそうです。


また、ツイッター上の「簡易敬語」も問題として取り上げられています。

例えば、「拡散ください」「アップくださいました」「ダウンロードいただき、ありがとうございました」の場合、

くださる」「いただく」の前には「して」がなければならないので

拡散してください」「アップしてくださいました」「ダウンロードしていただき、ありがとうございました」が文法的には正しい文となります。

私はツイッターには積極的に書き込みはしていないのですが、それでもツイート数は4,000近くになっています。猫好きとして、文尾に「にゃ」とか「にゃー」をつけて個性を出したり、またネット用語の(「おやすみ」と言ってくれてありがとう)の「おやあり」のような簡易語を普通に使用しています。

文字制限もあるツイッターでの書き方を改める必要はないと思うのですが、改まった文章を書く必要があるときに、日常の書き癖のようなものが出ないように気をつけたいものです。


また、個人的な問題としては、入力中に入力ソフトのATOKから「ラ抜き表現」と警告が出ることがあります。

一段活用の動詞とカ変動詞に「可能動詞」は存在しないので、例えば

「見れる」 ⇒   「見られる
「投げれる」 ⇒  「投げられる
「来れる」 ⇒   「来られる」    と訂正しなければなりませんね。


まだ全ページ読めていないのですが、読み進めるたびに反省点がいっぱい出てきそうです。

言葉を扱う職業を持つ者として、日常から「正しい日本語」を意識し、正しい使い方ができるように努力していきたいと思っています。


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2013年5月 3日 (金)

私の中のミステリー - 「あの世に聞いた、この世の仕組み」-

今日は、翻訳とは無関係のことを書いてみようと思います。

先日、FBでも紹介のあった「あの世に聞いた、この世の仕組み」(雲 黒斎) を読み終えました。

セロトニン欠乏による記憶障害になった著者が、病気を治そうとお医者さんにもらったきつ~い薬を飲んだところ、突然守護霊と話ができるようになり、絶妙なたとえを使ってこの世のからくりを教えてもらうというお話です。

最近、スピリチュアル関連の本は全く読んでいませんでした。商業主義に走ったスピリチュアルメッセンジャーの先生方 (?) は、時として人間の弱い部分を利用しているように思えるからです。

この本は、実にさらりとしていました。話のテンポも良く、ユーモアに富み、「ハードディスク」、「チューナー」、「アクセス」なんて今風なIT関連用語で、非論理的に思える事象にうまく論理性を持たせています。

この本のオリジナルとなったのは、著者 雲 黒斎 (≠立川談志) さんのブログ「
もっとあの世に聞いたこの世の仕組み」です。

読後感は、半分共感。半分??です。

人間が転生を繰り返していくのを、大きな粘土を用いて説明しています。魂の大本を「黒い粘土」だとすると、この世に送られた一つまみ (小さな自分) は、自分の魂を漂白して「白い粘土」になることを目標にし、その役目を終えると、大きな粘土のもとへ帰っていく。大きな粘土はやっと「黒」から「グレー」になり、この作業 (転生) を延々と繰り返し、どんどん白くなっていくというもの

大変興味深い視点です。
転生といえば、三島由紀夫が最後に書いた「豊穣の海」四部作の中でのテーマが輪廻転生でした。私は卒論で彼を選びましたが、この最後の作品で彼の美意識と行為に対する認識が変わったとして、最後の作品を大きく扱いませんでした。

でも、最後に到達した思想の作品であり、もっと理解するべきだったと後悔が残っています。彼は、輪廻転生をテーマにしながらも、四部作の最後で、結局は「万物流転」の思想に移り変わっていきます。仏教のテーマでもある「唯識思想」です。

「転生」に限っていえば、文学や仏教での壮大なテーマとしての「輪廻転生」の扱われ方の方に興味が沸きますね。今回の本の中の説明は、シンプルすぎます。シンプルな考えは生きていくのに便利ではあるけれど、物を知ったり、研究する多くの機会を失うような気がします。もちろん、分かりやすく、敢えてシンプルな手法を取っているのかもしれませんが...。

では、一番共感できたのは何かというと...私たちの記憶は、「脳には人生の記憶を溜め込めるだけの十分な空き容量がなく」、「頻繁に使う情報以外は、オンラインストレージにバックアップを取っておく」という考えです。

私には、ぼんやりとした記憶、風景、人、会話が時々脳裏をよぎることがありましたが、最近、それが自分の1歳後半から2歳にかけての頃の記憶と判明しました。

もちろん1年365日を思い出すわけではなく、嬉しかったこと、悲しかったこと、脳でキャパオーバーになった記憶がストレージの中に入り、何かをきっかけにそのストレージから取り出された感じなんですね。

そんなに人間の記憶が早くに始まっていたのは、自分でも驚きでした!

あと、印象的だったのは、「過去」や「未来」といった幻想の中には、本当の幸せはない、ということ。幸せを見つけ出せるのは、いつだって、「いま」だけ!という結びの箇所でした。

私が、「魂」とか「あの世」とか時折考えるのは、昔、一度亡くなった人に会ったことがあるからです

近所には同じ年頃の女子がいなく、幼少時の遊び相手は、もっぱら兄と近所の男の子たちでした。中でも家から数メートルしか離れていない家に住んでいたN君は、一番の幼馴染み。
小学校高学年くらいからは自然と遊ぶこともなくなり、高校からは別の学校で口をきくことも無くなっていたのですが....

大学生だった頃の、ある真夏の日。横断歩道の向こう側に彼は立っていました。信号は赤。彼は、いつも坊主頭で、赤ら顔、半パンに下駄という出で立ちだったのが、その日は足の先が見えないくらいの長いズボンをはいていました。

何ともいえない悲しそうな、憂いを含んだ目。見た瞬間、「自殺しそう」と、なぜかそう思いました。じっと私を見つめて、目を離しません。

やがて信号が青に変わると、歩道の真ん中ですれ違うんだ、何て声をかければいいんだろう。そう思っているうちに、信号は青に。

私が歩き出すと、彼は横断歩道を渡らず、ぱっと横を向いてしまい....
「あれ、気が変わって、バス停の方に行くのかな」と思った瞬間、もう姿はありませんでした。横にそれる小道もないのに。

あまりに気持ちが悪かったので、帰宅してすぐに母に言いました

(彼は東京の体育大学に通っていたので)「今、N君見たけど、夏休みだから帰っているん?自殺でもしそうな、この世のものとは思えない情けない顔してた。それに、あっという間に消えたし」。

母は答えました。えっ、彼は東京の下宿で死んでいて、死後10日くらい経っていたのが、今日発見されたんだって!今、家に連絡が入ったとかで、家で大騒ぎになっているよ!」

私が見たのは、間違いなくN君です。とても個性的な顔なので、間違えたりしません。
発見された日、彼の魂は家に帰っていたのでしょうか。

人は、時として、感性が研ぎ澄まされた時、または病気等で窮地に陥った時にも、逆に真実が見えてくることがありますね。だから、その点で、雲 黒斎さんが鬱になって霊的な目覚めをした、ということ自体に疑問や不思議は感じません。然もありなん!というところでしょうか。

この世はミステリー。そして、あの世はもっとミステリー。だから生きているのは面白いのかもですね!

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N君の魂が安らかに眠っていますように!
本田美奈子さんでAmazing Grace!

2013年2月27日 (水)

「別れる力」は大人の流儀か

1月に「レ・ミゼラブル」の映画を見に行った時、開演までの隙間時間に読もうと持ち出した伊集院静氏の「別れる力」。200ページ未満のボリュームなので、隙間時間に読めるかなと積ん読本の中から選んだ本です。

前回の「大人の流儀」 (今回もサブタイトルに同じく「大人の流儀」) に大きな感銘を受けた訳ではないのですが、「あの美しい夏目雅子さんが愛した人」をもっと知りたいという、非常にミーハー的動機があったことは、否めません。

結局、当日は、前書きにある、サラブレッドの仔馬が母馬と別れ、一晩、母親を呼んで哀切に満ちた声でいなないていたのに、翌朝は他の競走馬たちと懸命に駆け始めた、というくだりで涙がこぼれ始めて、最後まで読めませんでした。

もの悲しくも、美しい情景。「憂鬱」や「薔薇」の漢字がすらすら書ける (雅子さんが、記者会見で、どこが好きかと聞かれて答えていた) という、伊集院氏の「別れる力」とは。



 無頼派の伊集院氏は、頑固で繊細、彼独特の美学がありながら、思っていたようなカッコ良い人ではありません。「親の死に目にも会えないような」筋を通した仕事をするのかと思えば、雅子さんの闘病中には仕事を休んで付き添い、死別の後は酒・ギャンブルに溺れた無気力な生活を送ります。でも、そんな不器用な一面も、彼の才能を信じていた雅子さんには、愛おしい存在だったのでしょう。

彼がこの本を執筆した背景には、2011年の大震災があります。理不尽な別れが、ただ人を不幸にするだけのものではなく、「別れは生きた証し」でもあるのだと書いてあります。

最初は、悲哀の中から人は歩き出す力が備わっているという彼の説に、少しばかり反発を覚えました。

震災で家族を亡くした人の中には、自分が生きていくことを「恥ずかしながら生き永らえていく」と考えている方もいます。また、人の精神には個人のキャパがあり、ちょっとした失恋でも、精神のバランスを崩して生きる望みを失ったり、また元々「希死念慮」を持つ人だっています。「別れても」また歩き出す力と尊厳が全ての人間に同じように平等に与えられているのでしょうか。

別れても、救ってくれるのは、自らの再生力ではなくて、結局「人」ではないかと思うのです。よく読むと、「生きるとは、自分のためにだけ生きないこと」「誰かのために何ができるか考えること」とありました。少し、この他者との関わりについての箇所が、最初の読後感で強く印象に残らなかったのが、残念です!

私的には、ずっと前の作品ですが、五木寛之氏の「大河の一滴」の方が論理的には分かりやすく、「別れ」から「再び歩き出す」原動力の理解を得ることができました。

プラス思考がもてはやされる昨今ですが、五木氏は「安易なプラス思考」を排する姿勢をとっていて、「人はすべて地獄に生まれてくる」と言います。

そして、「その地獄のなかで、私達はときとして思いがけない小さな喜びや、友情や、見知らぬ人の善意や、奇跡のような愛に出会うことがある」とあります。

そう、伊集院氏の言う「自分のためにだけ生きないこと」にも関連するのですが、別れの後の絶望の中で、自ら備わった生きる力だけでは前には進めないでしょう。

世界が輝いて見える瞬間には、必ず誰かの手が差し出されていたり、善意に出会っていたり、愛に溢れた言葉を投げかけられていたはず。

こんな出会いがなければ、「別れる力」も生まれてこないでしょう。

「人」と別れて「人」に救われる。でも、そんな瞬間に恵まれる人ばかりじゃありませんね。「別れ」に「生きる力と尊厳」が備わるには、自分も「人に愛を持つこと」。「愛」を持って初めて、受け取った「愛」に感謝できる出発点に立てるのかもしれません。

伊集院静氏も、妻との死別後、アルコール依存・ギャンブルに溺れていた時、作家にしてギャンブルの神様である色川武大氏との交流によって再生を果たしたはず。その時の自伝的小説「いねむり先生」は傑作と評されていますが、まだ読んでいません。

別れることによって、どんどん力を備えられるという境地には至りませんでしたが、伊集院氏に対する個人的興味はまだ尽きないようです(笑)。
次は、「いねむり先生」で、今に至るルーツを探りたくなりました。

ちなみに、私は「理不尽」「非情」な別れからは、歩き出す力がまだあるとは感じられません。でも、年々、心優しい人に恵まれて、色んな場面で助けていただいているとは思っています。ハイ!日々、精進です

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明日のことは分からないので、取り敢えずケセラ・セラ!(ドリス・デイ)